12年連続で自殺者が3万人を超える。
2009年は32753人
1日で9人が自殺してる。
このあいだ前を通った横浜スタジアムの収容人数が3万人
真夏は横浜港からの潮風と
照明にくっきり浮き上がる黄緑と緑の芝のラインがとてもきれいで
そんなスタジアムに毎日9人ずつ座っていく。
365日で満員になる。
こう考えても、わかるようでわからない数。
多いことは多いし、深刻で切実なんだけど
そういうものなのかもしれない…と、どこかで思ってた。
だけど、スタジアムの観客席に
僕の知ってる人がいた。
3万人のうちの1人
9人のなかの1人
ベンチに、よっこらしょと腰を下ろす
そんな彼の姿を想像してしまう。
何年前だろう?10年は経ってない。
その人は会社の同僚で
10歳くらい年上の、
少し顔色が悪かったけど、体の大きな穏やかな感じの人
何度か一緒に仕事もしたけど
話しやすくて、楽しくて
人の痛みのよくわかる、優しい人だった。
周りからは、エロ専門の人だと思われてた。
僕とは他の話のほうが多かったけど
はじめてエロゲームなるものをやったのも
その人がプレゼントしてくれたからで
なんか喫茶店の女の子が3人出てきて、
物語りもなにもない、ひどいもんだったなぁ…
僕が以前、女の子に調教を求められたとき
困ってアドバイスをもらってたのもその人だった。
同じころ、今、僕が尊敬してるというか
一緒にいるとすごく嬉しくなれる人というか
まぁ、そんな感じの人もいて
3人でお店を開く話もした。
スポーツバーでもやれたらいいなぁ…なんて。
そう、お酒が大好きだったみたい。
僕はお酒が飲めないから、一緒に行ったりはしなかったけど
ものすごくよく飲むと聞いたことがある。
それが原因かどうかわからないけど、
肝臓が悪かったみたい。
僕が移動になって、その人は残って
戻ったときには辞めていた。
聞いたところ、肝臓で入院したんだそうな。
でも、退院して
ときどきその頃の同僚と会ったりしてると聞いたから
いずれ再会できるだろうと思ってた。
そのあと、その人の話を聞いたのは去年で
一度は就職したけど、なかなかうまくいかず
困ってたのを知った同僚が間に入って
またここの会社に戻ることになったんだと。
どういうかたちで辞めたのかわからないし
男だからいろいろ思うところもあるだろうし
だけど、みんなよい人たちばかりだし
僕も含めて、昔の同僚も残ってるから
上司がどうあれ、暖かく迎えられると思った。
でも、その人が戻ったのは
僕たちのいる営業所じゃなく、僕が以前移動になったほうの飯田橋で
残念だったけど、同じ会社にいるんだから
そのうち会えるだろうと思った。
亡くなったと聞いたとき、僕は病気だと思った。
肝臓を病んでたのは聞いてたから、それだと思った。
でも、違った。
それを聞いて、言葉がなくなった。
僕の頭に浮かんだのは
薄暗い和室の部屋で首をくくるその人の姿で
顔は薄暗くてよく見えないけど
そこにはたぶん、僕がまだ知らない本当の絶望があって
うまくいかない仕事と
病気と、その病気を抱えながら生きていく未来と
人を好きになり、その人に愛されて…なんて、
自分の置かれる境遇に、これまでの生き方に
期待なんかできなくなってしまって
友達に迷惑をかけたくないとか、恥ずかしい思いをしたくないとか
勝手な想像だけど
僕ならきっとそんな気持ちになると思う。
昼間どんなに笑っていたって
夜中に突然目が覚めて
静まった部屋に冷蔵庫の音だけ聞こえて
見回せば、昨日着た服、さっき食べた皿
腰掛けていた椅子、テレビのリモコン
丸めたちり紙、飲み残したペットボトル
日々の生活の残骸。それを憎憎しく思うこともある。
情けなく思うこともある。
それは自分を憎むことでもある。
悲しむことでもある。
そんなことは僕にだってあるし、誰にだってあるはずで
たとえ一瞬だろうと、もう終わりにしたいって考えてしまうこともあるはずで。
だから、その人が亡くなったことを悲しいとか寂しいとか思うよりも
その人が、その道を選ばざるを得なくなったことの悲しさよりも
周りがもっと気を使うべきだったとか、僕にも何かできたはずだとか
そういう後悔よりも
なんていうか、悲しいけれど、
スタジアムのベンチに、よっこらしょって腰を下ろして
「でも、なんかホッとしたよ…」って言いそうで
昔、仕事が終わるときの
「お疲れ様です…」って、もちろんたくさん想いはあるけれど
そう伝えたいんだ。
そしたら、「お疲れ!」って、
僕はもうその声を忘れてしまっているけれど
そうだ、あの頃、僕も
たぶんみんなも楽しかったんだよ。